この星が、好きだから― 私は、ティターンズ。


by fch_titans
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<   2009年 05月 ( 5 )   > この月の画像一覧

火の国戦記 ~第四章~


海を目指し、3桁国道を南下する。
道は平坦なのだが、周囲にはぽつぽつと山が点在する、何とものどかな景色だ。
鹿島市を回避するバイパスを行くと、有明海が見えてきた。そのままシーサイドクルーズに突入― の前に、腹が減った。おかしいな? さっきまで全然減っていなかったのに。
少し早いが、休憩を兼ねて食糧補給だ。


シンプルにうどんをかき込み、食後にはソフトクリームを片手に干潟へ。
ここ有明海は干潟で有名で、「ガタリンピック」なる泥と戯れるイベントもあるそうだ。
曇っていて眺めはイマイチだが、とりあえず写真は撮っておく。

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バイクに戻り、地図を確認していると、隣に軽自動車がやって来て、中からおじいさんが話しかけてきた。二言三言会話したところで、いきなり缶コーヒーを差し出してきた。あまりに唐突でちょっと驚いたが、恐縮しつつ頂く。
フェリーで天草へ渡ることを告げると、どこそこを通って行くといいと道を教えてくれた。
礼を述べて出発。


海岸を走っていると、バイクのスクリーンに水滴が。
「えっ、もうかよ!?」予報よりずいぶん早いな。だが、まだパラパラ程度だったので、そのまま進む。
やがて諫早の新名所(?)、堤防道路が見えてきた。諫早湾の干拓のために築かれた潮受堤防の上を走る道路である。これにより、諫早市外の回避はもとより、大幅にショートカットできる。
途中でバイクを止め、雲仙へと伸びる堤防をパチリ。

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だが、このころから雨が本降りになってきた。移動日と割り切ってはいたものの、やっぱり青空の下を走りたかったな。


R57を経由して、島原半島へ。ここら辺りから車が増え、ペースが落ちてきた。こんな調子だと、到着がかなり遅くなってしまうぞ。どうする?
そこで、小浜温泉付近にて、流れの遅そうな海岸沿いの国道を離脱、山あいを走る雲仙グリーンロードへと切り替えた。するとどうだ、車もほとんどおらずスイスイと、いや、ガンガン走れる!
豪快なアップダウンや高速コーナーを、慎重に、それでいて快調に飛ばす。これはかなり時間
を稼げるぞ。


そして、程なく口之津港に到着。
おおっと、駐車場が満車だ! 何度か利用したことのある航路だが、こんな光景は初めて見た。
だが、通常ダイヤとは関係なくピストン輸送体制だったことと、バイクはそれほどいなかったために、待ちターンなしで乗船できた。


船に乗り込み、スタンドを出してバイクを停め― えっ!? 傾きが止まらない! 船体の壁につかえて止まったが、下を見ると、出したと思っていたスタンドが出ていない! 勝手に戻ったのか、出たものと錯覚したのか分からないが、どうもスタンドがらみの災難が多い。
係員のオジサンが「怪我ないか?」と心配してくれ、「大丈夫です」と答えたものの、実際は左肘の筋肉を少し傷めてしまったらしい。バイクのミラー外面にも傷が付いたし… やれやれ、人馬ともに満身創痍だな、これは。

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何はともあれ、船は港を出て、島原半島を離れてゆく。
デッキで潮風に吹かれることおよそ30分、船は鬼池港に接岸。天草諸島の一角、下島に上陸である。
さすがにここまで来ると、海の水がキレイだ。曇り空の下でも、こんなに透き通って見えるのだから。

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国道を南下していくと、本渡市外で渋滞に。何故かと思えば、下島の背骨とでも言うべきR266への入口で車が詰まっていた。
それならばと、走り慣れた県道26号をチョイス。南に行くほど幅の狭い区間が増えるが、それまでは快走できる。
田園地帯を駆け抜けると、八代海が見えてきた。大小さまざまな島々が浮かぶこの光景、晴れていれば美しい眺めなのだが…
中途半端な雨のため、バイクのスクリーンに細かな水滴が付着し、前が非常に見づらい。時折停止し、ハンドワイパーで水滴を拭い、走り続けた。


だいぶ暗くなってきた空の下、狭くてタイトな幾多のコーナーをクリアしてゆくと、幼少の頃より見慣れた小さな漁港が見えてきた。
17時30分、天草の親戚宅へ無事到着した。

                                                 (つづく)
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by fch_titans | 2009-05-21 20:54 | ツーリング

火の国戦記 ~第三章~


「よう来たね。待っとったばい」


4年ぶりに佐賀に訪れた私を最初に出迎えてくれたのは、コウちゃんだった。
コウちゃんとは3歳年上の従兄弟で、私が佐賀に遊びに来るたびに仲良く遊んだものだ。お互いもう30代になったけれど、「○○兄さん」といった呼び方をする気にはなれず、やっぱり昔からの呼び名のままでいる。


コウちゃんの子供たちも、ずいぶん大きくなった。上から7歳、5歳、2歳になる3姉妹だ。
ん? というか、いちばん下の子は初めて見るか。
その末っ子の底抜けな元気のよさに圧倒されつつ、久々にゆっくりといろんな話をした。
話ついでに、出発前に現像して消去するつもりが、結局できずにそのままだったデジカメの画像を見せ、この1年でしてきた旅の思い出なんぞも聞かせたりした。
親戚じゅう見渡しても、独身で気ままにあちこち旅しているのは私くらいで、ほとんどの従兄弟は既に所帯を構えている。だから、こういった話や風景の写真などに興味が沸くのだろうか。
何枚か、気に入った画像を分けてあげた。そのばですぐにおすそ分けできるなんて、まあ、便利な世の中になったものだ。


やがて叔母も帰宅し、挨拶を交わす。叔父は夜釣りに出かけており、帰りは翌朝になるとか。
その夜は、焼肉をご馳走していただいた。末の子の暴れん坊ぶりに驚き、
「ま、まぁ、子供は元気が何よりたい。ばってん、大変ね…」と苦労をねぎらいつつ、美味い肉をたっぷり頂いた。何しろ、朝も昼も(特に昼は)あまりまともなものを食べていなかったので、心の底からウマい! と感じられた。


一番風呂を頂いたあと、コウちゃんと同じ部屋で寝ることに。しかし、コウちゃんは「今日は疲れたろうから、早めに休んだほうが良かよ」と気を遣ってくれた。
久しぶりだから、もっといろいろ話がしたい気もしたが、よく考えたら睡眠時間は合計で1時間ちょっと。その割には元気だよなぁ? と、我ながらあきれるほどに眠気はなかったが、さすがに気が緩んだのか、急激に眠気を催した。


8時に目を覚ますと、隣の布団にコウちゃんの姿はなかった。どうやら奥さんが今日も仕事で家を出たらしく、子供たちの世話をしていたらしい。
のこのこと顔を出し、朝食のパンをいただく。
そこへ、夜釣りから叔父さんが帰ってきた。すぐに向き直り、頭を下げた。
一緒に朝食を済ませたあと、窓から空を見上げた。
予報どおりの曇り空。
今日(3日)の夕方くらいから雨が降り出し、明日まで降り続くらしい。だが、それは出発前から分かっていたことだ。だから、2~4日は親戚回りに専念し、5、6日に個人的なツーリングをしようと決めていた。


バイクに荷物を積み終え、3姉妹を乗せたコウちゃんの車の後を付いて、親父の実家へと向かう。といっても、たったの3、4分の距離ではあるが。
左右どちらを見渡しても、広大な麦畑。この景色は、小学生のころ見たそれのままであった。
そして、本家の叔父、叔母に顔を見せて、いったんバイクを置き、コウちゃんの車に乗り込み、墓参りへ。


夏休み、沢ガニを探したりして遊んだ小川を通過し、丘の上の広場へ。そうそう、ここでラジオ体操とかしたっけな。そこに車を止め、墓まで歩く。広すぎるため、一人で来たら絶対分からないであろう場所に、祖父母の墓はあった。相次いで亡くなってから、もう20年ほどになろうか。


線香を立て、手を合わせる。


(おじいさん、おばあさん、4年ぶりのご無沙汰です。一族でいちばんの不肖者だけど、それでも何とか、自分なりに頑張って生きております)


目を開き、立ち上がって振り返れば、新緑の入り混じる美しい山々の合間に、集落が広がっていた。


墓から戻り、お茶を頂いていたら、もう12時が近づいていた。
お昼にちゃんぽんかラーメンでも、と誘われたが、まだあまり空腹を感じていなかったし、そこまで世話をかけても申し訳ないので、これを辞して出発することにした。
親戚一同に見送られながら、私は次なる目的地、天草へと走り出した。


国道を南下して遠く右手を見やれば、地元の人々に「御船山」と呼ばれる、この私にも見慣れた特徴的な形容の山が、曇り空の下そびえ立っていた。


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「さて、船の時間もあるし、先を急ぐか」


                                                 (つづく)
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by fch_titans | 2009-05-17 21:28 | ツーリング

火の国戦記 ~第二章~


渋滞ハイから醒め、現実に戻ったとき、便意を思い出した。
えっと、では最初のSAへ―


並んでいる。本線からの離合レーンにまで、車がズラリと。
流れる気配はどうもなさそうだ。しゃあない、この次はPAだから、ここよりはマシだろう。合流のタイミングを見計らい、もう一度本線へ。


と、休憩の前に、ひとつの選択をせねばならなかった。
山陽道で行くか、中国道で行くか。
深夜はガソリンスタンドの不安があるから、無難に山陽道かな? と考えていたが、もう朝が近いので意味がなくなってしまった。
さらに、山陽道方面は18kmの渋滞なんて知らされては、選択の余地なんてないじゃないか。
半ば事務的に、中国道を選択した。


そして、ほどなく見えてきたPAでやっと休憩。こちらも車はいっぱいだったが、停められないようなことはなかった。
用を済ませ、時計を覗けばもう4時半。よくぞここまで持ったものだ。
明るみ始めた空を眺め、私は考えた。
「ところで、仮眠、どうすっかな?」
一睡もしていないものの、まだ全然進んでいない。ここはひとつ、眠くなるまで進み、ヤバイと感じたら仮眠をとるか。
肌寒かったのでタオルを首に巻き、下のカッパを重ね着した。エンジンに火を入れ、出発だ。


みるみるうちに周囲が明るくなってゆく。車の流れは順調だ。やがて背後から、神々しい光が差してきた。山々の緑が輝きを増してゆく。なんて清々しい光景なのだろう。
しかし、眠気が。まぶたが落ちかけて、ゼロコンマ何秒か意識が飛んだ。危ない、危ない。無理しても何の得にもなるまい。ちょうどさしかかったPAで仮眠をとることに。
本線上の交通量はそこそこなのに、各SA・PAは車でいっぱい。皆、仮眠をとっていたのだろう。
で、私はこれから仮眠である。バイクから寝袋を取り出し、ベンチを見つけて即ゴロリ。
でも、あまり長く眠っては時間がもったいない。結局、40分ほどうとうとするに止まり、回復なんてしていない体で、引き続き西を目指す。


朝食は、SAのレストラン等が混雑していたため、やむなくパンとコーヒーに。
ちなみに昼も同じような状態で、スナック菓子とアイスクリームという、もはやそれ食事じゃなくて「おやつ」だろ、というような内容となった。


人間だけでなく、車やバイクの補給施設も同様だ。どこのスタンドでも必ず行列。店員の皆さんは大忙しだ。
そして、2回目の給油でアクシデント発生!
サイドスタンドを出してバイクを降りようとしたところ、地面が微妙に傾斜していたらしく、降りた瞬間にバイクが前方へ動き、スタンドが外れた!
やべっ、と思い持ち上げようとするも、乾燥360kg+フル積載のGLをそう簡単に支えることはできず、あえなくガシャン!
それはたまにあることなので別に構わない。そして引き起こしもまあスムーズにできたが、給油後いったん離脱し財布をしまおうとすると、いきなり激痛が。
倒すまいとムダな抵抗をしたために、左手首を損傷したようだ。


直ちにタイガーバーム(!)を取り出し、痛んだ箇所にこれでもかというくらい塗りったくる。
左手の動作を確認したところ、辛うじてクラッチレバーは操作できるようだが、それ以外に何かしようとするたびにいちいち痛む。
「参ったな… まだ作戦初日だぞ!?」
とんだ災難だが、どうにか進軍をつづけるしかあるまい。痛みを堪えて、再出発だ。


予定では真っ暗なうちに通過するはずだった中国道。
だが、昼間に見るその傍らの風景は、意外な拾い物であった。
新緑の映える山あいに点在する古い民家。田には水が張られ、5月の日差しに煌いている。
かくも旅心を掻き立てるような景色があったとは― できることなら、停まって写真の一枚も撮りたかった。


その後、再び睡魔が。そらそうだ、7時間寝てもまだ寝たりない体質なのに、40分でどう満足するのか。
たぶん広島県内であろうPAに入る。さすがにこの場所&時間だとガラガラだ。そのわざわざ端っこまで行き、何らかの施設とおぼしきコンクリの箱の上にマットを敷き、そのままゴロリ。
しかし、ここでも30分しか眠らなかった。これをあと何回繰り返すのだろう?


長かった広島県を抜け、いよいよ山口県へ。しかし、このあたりから山陽道と合流するため、再び渋滞が。まあ、大阪のあの大渋滞を切り抜けた後だけに、可愛いものではあったが。


そして! ついに関門橋に到達!! 九州入りを果たすが、なんと橋の上も渋滞…
もう何回も通ったことのあるこの橋で渋滞に出くわすなんて、初めての経験である。
が、逆に言えばこんなに「ゆっくり」橋を渡ることなんてなかったので、橋からの眺めを堪能することができた。モノは考えようってか?


事前の予想では、鳥栖JCT近辺から最大60kmという殺人的な渋滞が予想されていたが、予想ピーク時刻を過ぎていたこともあってか、実際は数キロの渋滞が散発的に発生したに止まった。助かった… って、もう十分にハマったけど。


やがて鳥栖JCTを通過し、長崎自動車道へ。さすがにここまで来れば、車の数もぐっと減る。
少し傾きかけた太陽の光が、筑紫平野の広大な水田を照らす。
父親の故郷、武雄市はもうすぐそこだ。

                                                (つづく)
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by fch_titans | 2009-05-14 20:32 | ツーリング

火の国戦記 ~第一章~



「なっ… 何だ、これは!?」


ン年ぶりに本格的な洗車を施し、こざっぱりしたGLに荷物を載せ、名神高速に進入してすぐに目にしたのは、深夜0時を回ったばかりとは思えない車の行列だった。
5月2日は下りの混雑のピーク― それは重々承知していたが、仕事の関係上どうしてもこの日は避けられない。
だから、せめて深夜に大阪をパスしようと、この時間に出発したのだが、初っ端からこの有様だ。


関ヶ原I.C.手前付近で早くも流れが滞るも、この渋滞は意外とあっさりクリアできた。
いや、それは事後的な印象のせいかもしれない。
そりゃあ、この後体験するものに比べれば、こんなの可愛いものだろう。


滋賀県を斜めに突っ切る区間は、わりと順調だった。ほんのひと時の平和なナイトクルーズ。
しかし、試練の時はやって来る。
栗東付近まで到達すると、電光掲示板に渋滞の二文字。
その内容を見て、思わず絶句。


「に、25kmって…」

こりゃあ、二文字じゃ足りない。三文字だ。『渋滞』だ。
だって今、午前1時台だぞ? ありえないだろう。


ふと、数年前の記憶が甦る。
たしか数年前のGWも、明け方の京都付近で同じような数字を目の当たりにしたっけ。
だが、今回は深夜。しかも、こんなにも手前から渋滞が始まろうとしている。


あの時は「やってらんねぇ」ってことで、一般道に降りて地道に進軍したが、いかんせん今回は目的地が九州だ。ここでいちいち降りているわけにもいかない。我慢して行くか。
案内板を瞬時に解析し、既に流れが止まっている名神本線から、少しでもマシと思える京滋バイパスへと流れ込んだ。


どうせ行き着く先は同じと知りつつも、一時的に流れがスムーズになり、少し気分が和らいだ。が、ひとつイヤなことを思い出してしまった。



「アレ? でもこっちって、PAあったっけ…!?」
そろそろトイレに寄りたいかな? と思い始めていたのだが…
うーん、ま、どっか停められそうなところにでも停めて、男性の特権ともいえるアレで用を
足せば―












なかった。
そんな都合のいいスペースは、見当たらなかった。
いささかの後悔を抱きつつ、そのまま渋滞耐久戦に突入と相成った。


名神本線に合流するずっと手前から、なかなか流れない。もちろん、合流してからも。
合流地点付近で、とあるわき道を発見した。もちろん一般車両は通り抜けできない、どこへ続くのかさえ謎の坂道。でもバイクを停め、徒歩なら行けそうだ。
もし、とうにレッドゾーンに達していたなら、問答無用でバイクを飛び降り、坂を一気に駆け上がったに違いない。だが、この時の私にはまだ、「理性」という名の邪魔者が残っていた。


さらに少し先へ進むと、バス停が現れた。その周囲では臨時トイレが設置されており、人が集まっていた。それ以外にも、車を止め、植え込みに飛び込む男性も見受けられた。
そりゃ、周囲にPAがほとんどないようなポイントで渋滞しているんだ。トイレなどで困るのは皆同じってことだ。


「高速難民」
という言葉が思わず頭に浮かんだ。


それはさておき、だったらここで停まって用を足せば良かったはずなのだが、なぜかそうはしなかった。
まだまだ「理性」という邪魔者が― いや、実はその逆で、もう思考回路そのものが壊れていたのかもしれない。
ついでにクラッチレバーを握る左手も、そろそろ厳しくなってきた。


さきほどから、路肩をパトカーその他が、けたたましいサイレンの音と共に駆け抜けてゆく。
この先で事故があったらしい。
まさか、それがこの渋滞を助長する一因に!?
そして、その事故当事車両を発見。


…えっ、追突事故? それも、コツンとぶつかった程度!?
これも渋滞の一因… なのか? 微妙だ。微妙すぎる。 


事故車両を通過した後は、何台ものバイクが路肩を爆走してゆく姿が見られた。
そのしばらく後を、やはりパトカーが駆け抜けていったのだが、捕まりはしないんだろうか?
他人事ながら心配すると共に、自分はそれを真似しなかった。
何故だろうか。やはりそこは守るべき一線というか、それをやってしまったら、自分の中から大きな何かを失ってしまいそうな気がしたから。
(単に捕まったらヤだから… か?)


出発時にセットしてきたMDが、リピートにリピートを重ね、ついに5巡目を迎えた。
果てしなく長く感じられた時間。だが、その時はついにやって来た。
吹田JCTから中国道に進入すると、車列は流れを取り戻していった。


勝った。我が軍は、渋滞耐久戦争に勝利したのだ!!
思わず、左の拳を握り締めた。


時計を見れば、もう3時半。戦闘開始から、実に2時間近くが経過していた。


                                            (もちろん、つづく)
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by fch_titans | 2009-05-12 23:05 | ツーリング

これより我が軍は、「火の国」九州へと出撃する。


これまでも、GWには1~2泊のツーリングを行ってきたが、今回は
4泊6日(?)という、これまでにない規模である。
(まあ、半分は親戚回りになるだろうが…)


使用する機体は、もちろんサイコガンダム。
阿蘇の雄大な草原を、一度はバイクで走ってみたかったので、
当然そうなる。


が、夕方本部に戻ってエンジンをかけてみたところ、マフラーから
白煙がかなりの勢いで吹き上がるではないか。
チョークを戻し、アイドルがいくらか落ち着いてきても白煙は消えない。




こ、壊れた…!?





だが、1時間後にもう一度かけたら、白煙は出なくなった。


うむ、大丈夫。


…だろう。たぶん。






さて、吹田あたりの渋滞も、そろそろ沈静化してくるころだろう。





それでは、出る!!
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by fch_titans | 2009-05-01 23:30 | ツーリング