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この星が、好きだから― 私は、ティターンズ。


by fch_titans
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老兵は死なず、ただ消え去るのみ。

ある暑い日のことだった。

携帯からアクセル・フォーリーのテーマ(@ビバリーヒルズ・コップ)が流れてきた。これは電話帳にない番号から着信があったときの着メロだ。誰だろう?
さっそく出てみると、O社の営業のOさんだった。
「あのー、キャラバンの引取りの件ですが、今から伺ってもよろしいでしょうか?」

えっ!? 今から?
ずいぶん急な話だが、廃車のために引き取ってもらうことはあらかじめ決まっていたし、いつでもいいと言っておいた手前、無碍に断るわけにもいかず、いいですよと答えてしまった。
「ありがとうございます。では、あと30分ほどで到着しますので、よろしくお願いします」
ええっ!?!? 30分後?? すんごい急な話だが、一度いいと言った以上、仕方がない。
私は急いで着替え、キャラバンの鍵を手に外へ飛び出した。

車内にはまだ多数の荷物があった。リアに積んであったペットボトルの飲料を5箱運び出し、次は最前列まで戻ってコンソールボックスを開けた。するとそこには、おびただしい数のカセットテープ! 元々はオヤジの車ゆえ、そのなごりで演歌が吹き込まれたテープが満載だった。
これは手に負えないと判断し、ダンボールを持ってきて手当たり次第に放り込んだ。

するとそこに、早くもOさんが到着した。
「あ…すいませーん、まだ片づけがもう少し残ってますんで…」
待ってもらっている間に全ての私物を取り出し、引渡しの準備は整った。

少し車の話をしたあと、Oさんは自分が乗ってきた車をきちんと停め直しに行った。
恥ずかしいと思った私は、その目を盗むようにキャラバンにそっと手を添えた。

94年、先代キャラバンの後を継ぐ形で、この車は我が家にやってきた。
全長4520mm、全幅1720mmと、数字だけ見ればそんなに大きいとも言えないこの車。
しかし、全高1950mmのキャブオーバータイプゆえに体積は非常に大きく、そして中に乗るとそのだだっ広さには誰もが圧倒された。こういう車にばかり乗って育った私には、当時セダンなどは非常に狭苦しく感じられたものだ。

やがて免許を取り、自分で運転するようになった。運転席が最も前にある独特のポジションは、慣れるまでにはずいぶん苦労させられた。だが、ドアミラーが馬鹿デカいこともあり、慣れればけっこう運転しやすかった。
エンジンは旧式のディーゼルターボ。2t近い車重ということもあり、加速の遅さには閉口した。が、高速ではその気になれば130km/h巡航も可能だった(エンジン音でかなり疲れるが…)

オヤジがマジェスタを買い、兄妹でルーテシアを買ってからは、特に誰のものとも言えない「家族の車」というポジションに付くことに。
とはいえ、ルーテシアをほとんど妹に占拠されていたので、事実上、私の車みたいになっていた。

店の手伝いでばかり乗らされて嫌だった記憶の半面、この車で親友らとあちこち遊びに行った記憶もたくさん残っている。
恒例の志摩合宿にも出かけたし、栃木のツインリンクもてぎにも行った。
時には5人乗車で荷物を満載し、時には定員いっぱいの8人でワイワイ走ったこともあった。運転席からは3列目の乗員の声がなかなか聞こえづらかった。とんでもない車だ。
男ばっかりで乗ったことが大半だったけど、その中に女の子が混ざることも何回かあった。
本当にいろいろあったなぁ。時には切ない思い出もあったっけ…

ともかく、これまでの私の車歴の中で、最も長い時間乗った車であることは間違いない。
あまりに慣れすぎて、今では「キャラバン・マイスター」を標榜するに至っている。


いつもオヤジが愚痴っていたが、前の代のキャラバンに比べると、けっこう手のかかる車だった。
あちこちガタが来るのも早かったし、大小さまざまなトラブルに見舞われた。九州からの帰りの高速で、オルタネーターが故障して岡山で一晩車中泊を強いられた、なんてことも。
今や売ろうにも値段が付かないほどボロボロになってしまったが、走ろうと思えばまだまだ走れる。だがその排気ガスは真っ黒で、見るからに環境によろしくない。規制でその役目を終えるのも、致仕方ないだろう。

とうとう、別れのときが来た。
数々の思い出を胸に、私は右手を通じて語りかけた。
「今まで本当にご苦労さま。そして、ありがとう――」

そしてキャラバンは、営業Oさんの運転によって、我が家を後にした。
建物の向こうに消えてゆくまで、私はじっと後姿を眺めていた。


現在、キャラバンが去った後の駐車場には、快速こだま号がちょこんと停まっている。
もともと小ぶりな車だが、前にそこにいた大きなハコの印象が残っているだけに、余計に小さく見えてしまうのである。
by fch_titans | 2005-06-27 00:29 | クルマ・バイク