2014年4月
新しい仕事のスタートに先立ち、グレイファントム(プラッツ)を退役させ、新たな艦を迎えることとした。
どこかが不調とか、大きな不具合が出たわけでもなく、むしろまだまだ元気いっぱいではあったが、気分を一新したいという心情もあったのだろう。
後任に就いたのは、これだった。
カローラ。
およそクルマ好きが積極的に選ぶとは思えない、どちらかと言えば車にあまりこだわりのない人が、「とりあえず」選びそうな機種である。
どうしてこれになったのか?
それは、1800ccの排気量の割に軽い(1,090kg)点や、上級グレードゆえ(カローラの中では)拵えが良さげだった点、それと、色。
ほとんど黒に近いけど、光の当たり具合で緑に変わる外装色に、アイボリーの内装。
シルバー&グレー一辺倒だったプラッツのそれとは対極的な雰囲気に、魅力を感じたのであった。
MTの設定が無かったことが惜しまれるが、ゲート式ATゆえ、それなりにシフトが利いたので、そのへんは妥協できた。
乗ってみると、低い回転域を使い、トルク主体でスルスルと平穏に加速していく感じで、これまたMTで高回転まで引っ張りたくなるプラッツとは対照的であった。
『ハリオ』と名付けられたこの艦、当初こそ近場をチョロチョロするばかりであったが、しばらく後より怒涛の任務をこなすこととなる。
2014年5月
税理士事務所での勤務がスタート。
これまで朝の早い仕事がほとんどであったが、今度は始業が9時で、しかも通勤時間は15分足らず。
これまでになく朝はゆっくりの生活が始まった。
そして、最初の頃はまだ任される仕事も少なく、日々の生活に余裕があったので、色々な事に取り組んでいた。
2014年7月
そのひとつが、自転車。
誘いに乗ってあちこち走ったり、一人で3桁ライドに挑戦したりと様々だったが、最大の挑戦はやはりコレであろう。
乗鞍登頂作戦である。
前評判通り、開始5分でもうイヤになったし(苦笑)、何度も脚が止まり、心臓は常にレブリミット寸前。
エンジンブローよろしく本当に爆発するんじゃないか? と思うほど極限まで追い込まれたが、諦めることなくゴールに辿り着けた。
登り切ったときの達成感、そして、復路の70km/hに迫るダウンヒルの爽快感は、今でも忘れることはない。
しかしー
その後、もうひとつの活動の進行に伴い、自転車での活動はすっかり影を潜めることとなる…
2014年9月
「もう一つの活動」、それは、退職によって休戦となっていた、恋人探し・第3期である。
仕事にボチボチ慣れつつあった6月末から再開したのだが、今回は緒戦からそこそこの手応えがあった。
あれよあれよと3人も実際に会うなどしたが、お断りされたり、結論に至らずメールを継続するなどしていた。
そんなある日、厳しい残暑の中、私は岡崎へとハリオを走らせていた。
「今日会う人で4人目か。どんな人だろう? ま、写真は事前に拝見済みだが…」
約束の時間ギリギリに待ち合わせのタイ料理店に到着し、炎天下のアスファルトに降り立つ。
すると、店先の東家風の小屋からすくっと立ち上がり、こちらに歩いてくる長身で白い服の女性に目が留まった。
初めましての挨拶の後、揃って店内へ。
これまで、そこそこ話が盛り上がることもあれば、ぎこちなかったりギクシャクしたまま時が過ぎることもあったが、果たして、この女性とはけっこう会話が弾んだ。
私の趣味のバイクの話、彼女が大好きな猫の話、そして、彼女が最近熱心に打ち込んでいるというテニスの話。
「僕も何年か前まではよくやってましたけど、やらなくなってから、ずいぶん年月が経ったなぁ…」
「じゃあ、久しぶりにやってみませんか?」
「えっ!? そ、そうですね… でも、ラケットはどこにやったかな? あったとしても、もうずいぶん古くなってるだろうなぁ」
「だったら、この後お店に見に行きません?」
食事の後、一緒にスポーツ用品店へ。
「へぇ、最近のラケットってこんな感じなんだ」などと呟きながら一通り眺めた。
結局、その場で買うことはなかったが、後日、彼女のホームタウンである豊橋でテニスをしましょうと約束して、その日は帰路に就いた。
晩夏の伊良湖ソロツーリングを挟み、2週間後ー
ヤフオクで(笑)調達した2本のラケットを携えて、今度は豊橋へとハリオを走らせた。
だいぶ陽が短くなってきたが、相も変わらず暑い夕方、ハリオを降りて駐車場を見廻し、彼女の車を見つけたものの、中には誰もいない。
連絡を取ってみると、一人で壁打ちをしているとのこと。
本当に熱心なのだな。
その後合流し、恐らく8年ぶりくらいにラケットでボールを打ってみた。
初めは思う方向に球が飛ばなかったが、昔は家で素振りをするほど熱心に取り組んだだけあって、体が感覚を思い出すのに意外と時間はかからなかった。
それなりにラリーを続けていると、あっと言う間に2時間が過ぎ去ってしまった。
このまま帰るのも名残惜しく、食事でもどうですか? と持ちかけて、すぐ近くのインド料理の店へ。
「ここのハニーチーズナンがおいしいんですよ」と勧められたそれを頬張りながら、いろいろ話して過ごした。
さすがに遅い時間になったので、今夜はお開き。
「またテニスしましょうね」とありがたい言葉をかけられるも、後日、「やっぱりごめんなさい」なんてどんでん返しを喰らうことも、決して珍しいことではない。
「さてさて、この先、どうなるのやら…」
少し涼しくなった運動公園の駐車場で、ハリオのキーをひねる。
鈴虫の羽音をかき消すかのようにスタート音が響き、1ZZが唸り出す。
尾張まではおよそ2時間。
物思いに耽るには十分、いや、むしろ長過ぎるとさえ感じる時間であった。
(まだまだ続く)